ドイツ・ベルリンを拠点に活動する作家・フリーライター、中村真人さん。
大学を卒業されてすぐにベルリンへ移り住み、知り合いもいない、仕事もないというゼロの状態からプロライターとしての地位を築かれた方です。
駆け出しで執筆の仕事がない時にベルリンのツアーガイドをされていた経験を活かし、「素顔のベルリン」を出版。最近ではベルリンに関する連載だけでなく、クラシック音楽やドイツで活躍する音楽家へのインタビュー記事なども執筆されています。
そんなベルリンという街のプロである中村さんに、ベルリンに興味を持った理由、街の魅力、そしてご自身の考える日本の若者に必要なことを伺いました。
演奏旅行で訪れたベルリンに衝撃を受けた
鈴木:まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。
中村:神奈川県の横須賀出身です。
元々クラシック音楽が好きで、大学時代にはオーケストラに所属していました。
早稲田大学に通っていたのですが、正直なところ、オーケストラがあるから早稲田に入りたかったようなものだったんですけどね。
学生時代は勉強そっちのけで音楽に没頭していました。
大学2年生の時に、海外への演奏旅行に参加したんです。アジア、ヨーロッパ、アメリカを周るワールドツアーでした。
僕にとっては、この演奏旅行がすごくインパクトがあったんです。
約1ヶ月の期間で世界中を回って、国々の文化や雰囲気の違いを味わうことができましたし、何より演奏旅行なので音楽を通して現地の人と触れ合えたのがかけがえのない経験となりました。
この演奏旅行で初めてドイツのベルリンを訪れました。
それまではフィリピンやスペインなどの暖かい所を周ってきていたので、ドイツに到着した時は、寒いし空は曇っているしで、なんだか街自体が「冷たいな」という印象を受けました。
でもその街の雰囲気とは逆で、ベルリンの人たちが一番音楽に対して熱狂的だったんですよね。初めて生で聴いたベルリン・フィルの演奏にも大変感動し、ステージと客席が一体となるような感覚を初めて味わいました。
演奏旅行が終わって帰国してからも、このベルリンという街の印象が一番強く僕の中に残っていました。
その後在学中にもう一度ドイツへの演奏旅行があり、またそこでベルリンに魅了されました。この時からベルリンに住んでみたいという気持ちが強くなっていったんです。
大学卒業後、僕は一人でベルリンへと移りました。
最初は1、2年だけのつもりだったんです。
大学時代が音楽やアルバイトに追われる日々ですごく忙しかったので、ベルリンで留学生活を送りながらドイツについて学んで、いろいろな経験ができればいいなと思い描いていたんですよ。1、2年後にその経験を生かして、日本で就職すればいいかなと。
まぁ正直言うとすごく軽いアイディアだったんです。笑
大都市なのにゆっくり流れる時間
鈴木:実際にベルリンに住んでみて、街の雰囲気やイメージに対して感じたことはありましたか?
中村:ベルリンという街に実際住んでみて感じたのは、すごく時間がゆっくり流れているということです。ベルリンは大都市なので、東京と同じような感じかなと思っていたんですが、実際は全然違いました。
朝は近くの教会の鐘の音で目が覚めて1日が始まり、日中はドイツ語の授業を受けに行く。夜は大好きなクラシックを聞きにベルリン・フィルハーモニーへと行き、1日が終わるというようなものでした。
住み始めた当初はドイツ人家族の家に下宿させてもらっていたんですが、そのアパートは築100年の本当に古いアパートで、中庭に面していました。最初は知り合いも全然いなくて一人でいることも多かったんですが、それはそれで貴重な時間でした。中庭を望むバルコニーに座っていると鳥の囀り声が聞こえきて、都市の中にいることを忘れそうになったほどです。
僕にとってはすごく気持ちのいい時間でした。
ベルリンのゆったりと流れる時間に、僕自身としては最初から上手く馴染めていたと思います。
1年という時間はあっという間に過ぎていきました。
最初は1、2年くらいいられたら満足するだろうと考えていましたけど、実際に1年住んでみたらもっとこの場所にいたいと考えるようになっていました。
ライター業を始めるきっかけとなったのは?
鈴木:現在のお仕事をされるようになったのは、どういったきっかけがあったのでしょうか?
中村:実は今のライターという仕事に就く前に、ベルリンで一時期会社勤めをしていたんですが、事情があって辞めることになりました。それがベルリンに住み始めて5年ほど経った時です。
仕事は無くなったものの、ベルリンへはこのまま住み続けたいと考えていました。そんな時に始めたのがブログなんですよ。というのも、ベルリンに住みたい理由付けがしたくて、そういった思いをブログへと書き連ねていったんです。
僕は文学部出身なのですが、恥ずかしいことにそれまでは文章を書く習慣はほとんどありませんでした。本を読むのは大好きでしたけどね。
そのうち、こういった経緯で始めたブログに対して、少しずつ周囲からの反応が返ってくるようになり、書くという行為が段々と楽しくなってきました。
とはいっても当時は文章を書く仕事などは全然なくて、だったら自分が好きなベルリンという街のガイドをしようと思い立ったんです。
ブログにもガイドをしますという案内を載せて、ブログとガイドの二足の草鞋で生活していました。
ライターとしての初めての定期的な仕事は、僕の地元の横須賀の「はまかぜ」というタウン誌への連載でした。
縁あって連載が決まったのですが、かれこれ10年続いています。
また、ブログとベルリンでのガイドがきっかけとなって、2009年にはダイヤモンド社より「素顔のベルリン 」(現在は「ベルリンガイドブック」)という本を出版する機会にも恵まれました。
少しずつではありますが、文章を書く仕事を頂くようになってきましたね。
鈴木:ベルリンのプロである中村さんにとって、ベルリンの魅力はどういったところにあるのでしょうか?
中村:ヨーロッパの都市は景観が統一されているところが多いですよね。でもベルリンに関しては綺麗な街並みもあれば整っていない街並みもあったり、社会主義時代の遺産が残っていたりで、街がデコボコなんです。
場所を変えるだけで全然異なる雰囲気を感じることができます。ベルリンは人間の暗い部分の歴史も多く持っている都市です。一つのエリアでも明るいところと暗いところを併せ持っているんですね。
これは本を読んだだけでは中々理解するのが難しいのですが、実際にベルリンを訪れて歩いてみると、肌で感じるものがあります。僕にとっては、こういった様々な要素を合わせ持つ部分がベルリンという街の魅力だと思います。
鈴木:ライターという仕事を続けていく中で難しいことというものはありますか?
中村:少し言い過ぎかもしれませんが、文章を書くという行為は基本的にどんな人でも出来ることですよね。その中で質の高いものを書き続け、自分なりの個性を見つけて仕事に繋げていくのは大変なことだと思います。僕自身、この仕事を始めてからまだ10年も経っていません。今まで一回一回の仕事でしっかりと成果を残そうと努力してきて、最近になってようやく自分の方向性が少しずつわかってきたような気がします。まだまだこれからですね。
日本の若者にはまずは海外へ訪れてみることを勧めたい
鈴木:日本の若者が海外離れをしているという現状について、どう思われますか?
中村:もったいないことだと思います。スマホやSNSの普及によってその国の事情や映像には簡単に触れられるし、それで何となく知った感覚にはなれるかもしれませんが、若い人にこそ海外を自分自身の肌で感じて欲しいと思います。それは留学や仕事で行くということではなくて、ただ海外に遊びに行くだけでもいいんですよ。例えば、街にあるカフェに入ってみて、そこで地元の人たちが何を食べているか、どんな顔をした人がどんな格好をしているか。そういった身近な部分からでも、世界の広さや逆に自分たちと変わらない部分を感じて欲しいと思いますね。
あともう一つ、これは彼らの海外離れといった点ではありませんが、日本の若者一般について感じることがあります。
鈴木:どういったことでしょうか?
中村:たまには集団から離れて一人になり、自分だけの時間を作って欲しいなと思います。
日本の若者の多くは集団で行動しますよね。
集団にいると自分自身では考えずに、周りに合わせたり、集団の意思に従ってしまう。
彼らの生活の中では一人だけになる時間が圧倒的に少ないんだと思います。
学校にいたら友達を探す、授業を受ける、そしてサークルに行く。さらに言うと、一人だけの存在は「ぼっち」などと揶揄されて嫌な気持ちになってしまう。だからこそ一人ではいられない。でもそれでは結局集団から抜け出せなくなって、自分自身で意思を持つことができなくなってしまいます。もちろん、集団の中でこそできることや学べることもたくさんありますが、昨今の日本社会を覆っている息苦しい感じを見ていると、時には情報の洪水から距離を置いて、「個」としての時間を持つことも大事ではないかと思うのです。
例えばですが、こういった若者たちには一人旅をお勧めしたいです。
僕自身、旅が好きで学生の頃からふらっとよく国内外に出かけていました。
一人で旅をすると、どこへ行くのか、何をするのか、嫌でも自分自身で考えなければいけません。一人の時間を過ごす中で、本当に色々なことを考えるようになるんです。日常のしがらみから離れた自由な感覚を味わえるのも旅の醍醐味です。こういう時間を若い時にこそ持つのをお勧めします。
鈴木:最後の質問になりますが、中村さんの今後の目標について教えて下さい。
中村:もっと多くの人にベルリンについて知ってもらい、実際に訪れてもらうということ、そして僕自身数年ぶりの本を出すことです。
世界情勢が不安定な今だからこそ、決して繰り返してはならない悲しい歴史があるベルリンで、そこに住む人々がどうそれを乗り越えていったかということを知ってほしいし、実際にベルリンに訪れる人が増えてほしいと思います。
また本を書くという行為は、大変なことではありますが物書きにとってやはり一番の幸せです。ここ数年は僕自身も本を書くことはできていません。人間はそれぞれ一つの人生しか持てませんが、本を読むことでその本の中の物語を追体験できる。自分が書いた本で読み手に素敵な体験をしてもらえたら、それが一番の幸せだと思います。
鈴木:中村さんの新作が出版される日を楽しみにしております。これからもベルリンという街の魅力を多くの人へと発信していってください!